奈良⇔山形

絵描き、三瀬夏之介の日々諸々。
<< タック。 | main | 日々。 >>
五反田にて。
0


    ゲンロン カオスラウンジ新芸術校の講師として東京に行ってきました。
    僕が出したお題は「辺境におけるアートは可能か?」

    アートシーンのないここ東北に住みだして早7年が過ぎました。地域に根ざしたフィールドワークによる民俗学的アプローチ、展示場所の歴史性・風土性・地理的条件などを読み解きながらの建築的な展開、首都圏から遠く離れたこの場所で制作・展示・批評・販売はいかにして可能となるかというトライを続けてきました。欧米のアートシーンから眺めれば東京も辺境の地であることは間違いなく、日本の文化行政の中央集権的なバイアスが強まってきているように感じる今日、「辺境におけるアートは可能か?」という問いは私たち作り手にとって切実なものとなってきています。
    そこで、辺境の場所におけるアートの成立条件、環境整備を含んだ展示プランを提示してください。
    ローカリティーの重視による文化の多様性の尊重とその交通は、今後の日本において可能なのでしょうか?みんなで考えていきたいと思っています。

    しかし、あまりに難しいのではないか、それこそライフワークのような、僕でさえ答えの出せていない思考実験のような問いではないのかということで、「○○○構想博物館は可能か?」「○○○記念(祈念)館は可能か?」も追加。

    ここ最近、博物館が気になってしかたありません。人口減少が地方財政に影響を与える中、地域のお荷物と化し、ほこりにまみれながら沈黙を続けている博物館にこそ、震災以降を生き残るための新しい知恵が詰まっているように感じるのです。
    天才性に裏付けられた作家クレジットの入った美術品、集合知による匿名の歴史・民俗資料、それらを行き来する可能性として大きな意味での「博物館(ミュージアム)」は可能でしょうか?
    「構想」するとは、このクソのような現実ではない、あったかもしれない「未来」を夢想すること、「祈念」するということは、この目まぐるしい世界の中でけっして忘れてはいけない「過去」に祈りを捧げること。
    あなたなりの立ち位置から新たな博物館の可能性を提示してください。


    4つのグループに別れたのですが、多くが今話題の「地域アートは可能か?」という方向性に収斂。
    「東京地域アートミュージアム」、「地域アート甲子園」、「ワケアリウム」、「ワスレサラレリウム@多摩」「お寺再構成@森」などなど多くの刺激的な案がでました。
    地域アート批評のための「輪郭」をどのように表現するのか、その評価軸は?持続的な制作活動の実現のための誠実さ、地域の資源を再発見することと今ある地域をありあえたかもしれない姿として表現することの違い、まずもって地域は批評を求めているのか、東京は地域か、箱ものの未来は?

    現在、山形で「市プロジェクト」を進めている僕にとって多くの気付きがありましたが、辺境アートの成立条件である「お金」に言及したものがありませんでしたね。こちらは全方位で実践あるのみ。

    レクチャー、ワークショップ、講評の時間では前回のメンバーとの雰囲気の違いを感じました。もうどうしようもない欲望の出力先に悶え苦しむ都市生活者といった凄みがあった前回に比べて、今回はみんな優しい感じがしたな。
    打ち上げはカオスのアトリエに。都市の隠れ家のような雰囲気に触発される。

    さぁ、やることが山積みだ!



     
    | natsunosuke | 東京 | 19:21 | - | - | - | - |
     123456
    78910111213
    14151617181920
    21222324252627
    28293031   
    << July 2019 >>
    + RECOMMEND
    + RECOMMEND
    + RECOMMEND
    + RECOMMEND
    + RECOMMEND
    + RECOMMEND
    + RECOMMEND
    + RECOMMEND
    + RECOMMEND
    + RECOMMEND
    + SELECTED ENTRIES
    + CATEGORIES
    + ARCHIVES
    + twitter
    + MOBILE
    qrcode
    + LINKS
    + PROFILE